現場改善ヒント提案する現場改善コーチです

あなた一人で手抜きでできる楽々改善。楽に楽しく現場改善しましょう! 楽々改善舎
◇◇ 5S改善を元気に進める「心に響く言葉」5 ◇◇
第10話:50点でよい、すぐやれ

今はなきジット経営研究所の平野裕之氏の言葉です。
私が、はじめて現場改善を学んだ師匠です。

全文は「パーフェクトを求めるな、50点でよい、すぐやれ」です。
50点は満足な点ではありません。
しかし、平野会長はやってみる方が重要であると教えています。

私も、全く同感です。
見切り発車はいけませんが、もっと良くないのは、「あーだ、こーだ」と言ってやらないことです。
やってみると、まずい点も分かるし、こうすれば上手くいきそうだという感触が得られます。
出来る限り、お金をかけないで行えば、軌道修正は簡単です。
どんどん、考えた改善案を行ってみることが重要です。

この教えは、平野会長がまとめられた「改革の基本精神十箇条」の中の一つです。
改革はまず、ふるい体質における固定観念を捨てることから始めることが重要です。
そこで一度、心を白紙に戻し、"意識改革"を行う。その導入ポイントとなる教えです。

「改革の基本精神十箇条」

(1)つくり方の固定観念を捨てよ
(2)できない理由より、やる方法を考えよ
(3)いい訳をするな、まず現状を否定せよ
(4)パーフェクトを求めるな、50点でよい、すぐやれ
(5)誤りはすぐ直せ
(6)改革に金をかけるな
(7)困らなければ「チエ」が出ない
(8)「なぜ」5回、真因を追求せよ
(9)1人の「知識」より10人の「チエ」を
(10)革新は無限である

出典:ジット経営研究所 平野裕之著 新IE入門シリーズ2

私の現場改善のベースとなっている考え方で、常に実践しているつもりです。
是非、実践してみてください。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第9話:柳のようにしなやかに

一般的には「葦のようにしなやかに、木のように堅くなるな」であり、イスラエルのことわざの一節だそうです。

この生き方をされたのが、バルト三国のひとつ、リトアニアの杉原千畝大使でした。
1940(昭和15)年、本国政府の禁止に反して、保身よりも人命救助が大事であると判断し、国外に逃げる人々にビザを発給し続けた方です。
戦後、帰国した杉原氏は職を失うことになりますが、発給したビザにより大勢の命を救ったのです。

日本のことわざで言えば「柔よく剛を制す」が近いと思います。
まさに杉原千畝氏の生き方そのもので、「しなやかな強さ」を持った方だったのです。

実は、レベルは大きく違いますが、「柳のようにしなやかに」と感じたことがありました。
20年前に、私が現場改善をはじめた頃のことです。

現場をあまり見ない上司から色々と指示を受けるのですが、進めていくうちに、それらを実施すると現場のメンバーの仕事がやりにくくなることが分かりました。
上司の言いつけ通り進めて自分の出世を取るか、現場のメンバーの仕事がやりやすくなることを取るべきか悩んだのです。

かなり迷いましたが、現場を優先すべきだと考えました。
幸いにも上司があまり現場に行かないので、報告内容でつじつまを合わせることにしました。
それでも、たまには上司が現場に行くので、嘘がバレてしまい、しっかり叱られましたが…
当時の仲間とは、「柳作戦」と称して活動していたのを懐かしく思い出します。

はっきり覚えていますが、私にとって、現場改善は実に辛いものでした。
その経験より、どのようにすれば、少しでも改善を楽に楽しく進められるのか、ずっと考えています。

業務の主体でない改善活動は、下手をすると負荷を増やしてしまいます。
楽に楽しく進めないと、現場改善を継続することはできないと断言できるのです。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第8話:改善を楽しむ

1.改善は、つらく、つまらないものではなく、本来楽しいものであり、楽しく実施しなければならない。
2.改善が楽しくなると、改善が自然に継続し、創造性が発揮され、改善の密度が高くなる。
3.改善を楽しむポイントは、自分自身が楽しむこと、改善を楽しむ風土を作ること、職場中心の改善にすることである。

これは、えちぜん改善実践舎の越前代表の著作「現場を元気にする 楽しい改善7ステップ」の一文です。
私にとっては、衝撃的でした。当時は社内の工場の改善のサポートをしていましたので、改善はとても辛いものでした。

現場にお願いしても、やってくれない…
改善ができても、しばらくすると、元に戻ってしまう…

こんなことの連続でした。楽しむどころの状態ではなかったのです。

退職後、どうしてうまく進まなかったのか、分かりました。
現場に私の改善を押し付けていたのです。つまり、やらされ感の大きな進め方をしていたのです。
これでは、進むはずがありません。

今では、楽に楽しく、ムダを役にたつものに変える改善を行っています。
必ず、笑い声が生まれる5S活動や現場改善を進めています。
どんどん職場が変わっていきます。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第7話:難しいのは劣後順位の決定

「誰にとっても優先順位の決定は難しくない。難しいのは劣後順位の決定。つまり、なすべきでないことの決定である。一度延期したものを復活させることは、いかにそれが望ましく見えても失敗というべきである。このことが劣後順位の決定をためらわせる。」(「創造する経営者」より)

ドラッカーの言葉です。
ドラッカーは「もしドラ」(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら)がヒットしましたが、現代経営学の基礎を作った人物です。
多くの書籍を残していますが、いずれも難解で、私はドラッカー名言集「仕事の哲学」を読んでいます。

優先順位は誰でもできますが、劣後順位、つまり、やめることを決めることは、非常に難しいものです。
これは、5S活動の「整理」を行えば、すぐに体験できます。
「捨てるものが決められない」これが、劣後順位の決定が難しいということです。

まだ、5S活動であれば、弊害は小さいです。
仕事の中にも、たくさんの役に立たない仕事が残っています。
それを、「お客様のため」とか「仕事がもらえなくなる」と、まるで神様のような高尚なことを言って、大切に残しているのです。
下手をすると、何のために行っているか誰も分からない仕事もあります。

これだけ、世の中が急速に変化しているのです。
本当に価値のある仕事だけを少ないメンバーで誰でもできるようにしなければ、生き残れないことは誰でも分かることです。

5S活動で捨てること、つまり、劣後順位の決定をトレーニングして、少しでも早く、仕事の劣後順位を決めることが極めて重要です。
日本も欧米並みのサービスで、十分ではないでしょうか?
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第6話:改善とは変えることなり

「改善とは良くなることじゃ無い。結果として良くなるか悪くなるか、そんなことはやってみんと分からん。議論なんか何時間しとったって答えなんか出ん。悪くなったら、何が悪かったんだろうと考えて、また変えれば良いじゃ無いか。改善とは変えることなり、だ。上手くいったら、それにこだわって変えようとせん。それではだめだ。また上手い結果が出なかったからといって元に戻すのは一番つまらん。大切なのは変えるということなんだ」

トヨタ生産方式(TPS)の生みの親であるトヨタ自動車の大野耐一氏の言葉です。

とにかく、変えることが重要であると、いつも語られていたそうです。
今でも、トヨタでは「朝令暮改でも遅い」と言われていると聞きます。
当時、大野氏は「朝令昼改でも遅い」とも言っておられそうです。

「朝令暮改」とは、良い言葉ではありません。
朝に命令を出して夕方それを変えることで、あてにならないことを指します。
しかし、大野氏は変化に対応することが、もっとも重要であると教えられたのです。
やってみて良くなかったら、すぐに、次の案を実施してみなさいということです。

さらに、大野氏は次のようにも言っておられます。
「改善した今が一番悪いと思え」

改善をすれば終わりではないのです。
次の改善のスタートなのです。

どんどん、現状を変化させていきたいものです。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第5話:一生勉強一生青春

一生勉強と一生青春は、一枚の紙の裏表のようなもの。

「年をとって困ることは、身体が固くなるばかりでなくて、
 頭が固くなること、心が固くなることです。
 心が固くなると、感動、感激がなくなります。
 一生青春を保つためには、心のやわらかさを保つこと。
 そのためには、具体的に何かに打ち込んでいくことだと思います。」
生前しばしばそう語っていた相田みつをは、
まさに一生勉強一生青春の言葉通りに生きた人間でした。
繰り返し書き続けた、この書に込められた思いを探ります。

※相田みつを美術館ホームページより引用しました。

東京有楽町の近くに、相田みつを美術館があります。
東京に行った時に、時々、訪問します。
相田みつを氏の生きざまに、大いに尊敬できるのです。

相田みつを氏の書斎は書き損じの紙で埋まっていたそうです。
たくさん書いて一点だけ選び、残りは全て燃やします。
お手本がなかったから、自分の道が正しいかいつも検証していました。
絶えず勉強していなければ自分の進むべき道がわからないという強い思いがあったからです。

相田みつをは、楷書も草書も巧みに書け、書展に何度も入選し将来を期待されていました。
しかし、どんなにうまく書いても、技術だけでは感心はしてもらえるが、感動はしてもらえない。
そこで、それまでの実績をすべて捨てて、自分の書のスタイルを工夫されました。
当然、世間からは受け入れられなく、貧乏のどん底の生活だったそうです。

でも、拾う神あり、地元の蕎麦屋などの地元商店から包装紙デザインの注文でギリギリの生活を送られました。
初詩集「にんげんだもの」がミリオンセラーとなって相田ブームが起きたのは、60歳の時でした。

年をとっても、心と精神は常に柔らかく若々しくありたい。
自分の進む道が正しいか、絶えず勉強しながら生きてきた相田みつを氏の座右の銘が、「一生勉強一生青春」なのです。

実は、私の机の前にも飾っています。
いつも、若々しい心と精神でありたいと、5S改善を行っています。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第4話:燃えに燃えろ

今はなきジット経営研究所の平野裕之氏の言葉です。
実は、私がはじめて現場改善を学んだ師匠です。

この言葉は、「新IE宣言!」という本に書かれている「管理者九つの条件:九去れ縁」の一つです。
一部分を紹介します。

一、 情熱 燃えに燃えろ
 燃えつきたら静かに去れ!

二、個性 安易に人のマネをするな
 信念ある管理ができなければ去れ!

三、 行動力 まず行動せよ
 ぐずぐず悩んで行動できなければ去れ!

平野氏は、5S活動や現場改善には、情熱が重要であると言われています。
その通りだと感じます。平野氏も力強く実践されていました。
しかも、すぐに熱くなる情熱ではなく、しぶとく成しとげる情熱が重要です。
失敗しても失敗要因の一つが発見できたと考え、前向きに行動する情熱です。

「燃えつきたら静かに去れ」は、今の時代に非常に重要だと感じます。
雇用延長の制度により、会社の中に燃えつきた人が、いかに多いことか…
実は、私も前職では頭打ちになり、定年の3年前に静かに去りました。
後から考えると遅いぐらいでした。少しでも早く、私のポジションを若い人に渡すべきでした。

「新IE宣言!」は1991年に出版された本ですが、この時代に、平野氏はすでにIEの限界を見抜いておられたのも、すごいことです。
私も、IE(インダストリアルエンジニアリング)の考え方が、現在の企業活動に少しでも活用できないか考えながら実践活動をサポートしています。

それから、前号の「青春」は、この本で紹介されているのを思い出しました。
平野氏は「人を企業に置き換えて考えてみると、企業の青春とは何かが分かるはずだ」と述べられていました。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第3話:青春

無名の作詞家サミュエル・ウルマン(アメリカ)の詩「青春」を紹介します。
在職中の研修で知り、こういう人生を送りたいと思いました。
少し長く難解ですが全文を掲載します。

青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の
如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か
曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる
事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く
求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大そして
偉力と霊感を受ける限り、人の若さは失われない
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽い
つくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ
人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる

原作 サミュエル・ウルマン  訳詞 岡田義夫

青春とは単に年齢が若いことをいうのではなく、心の持ち方であるといわれています。
私も、その通りだと思います。
何事も信念がないと実現しないものです。
ずっと思い続けていると、いつか、必ず実現できるものです。

5S改善でも、全く同じです。
経験がないからできない、とか、知識がないからうまくいかないとこぼす人がいます。
本当にそうでしょうか?
5Sや改善には、ノウハウがありますが、全て先人が考えたものです。
時間はかかっても、自分で考えれば、必ず、答えが見つかるのです。
何をしたいのか、理想の状態はどんな姿のかをしっかりイメージして、考え行動すると、必ず実現します。
信じて実践してください。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第2話:ものをつくるまえに人をつくる

今回も、パナソニック創業者の松下幸之助翁の言葉です。
人の育て方、活かし方について、これほど、明快な言葉はないと思います。

「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。あわせて電気器具もつくっております。こうお答えしなさい」
と、まだ創業間もないころから、ことあるごとに、従業員に話しをされたそうです。
まだ、松下電器(現在のパナソニック)が中小企業、いえ、ベンチャー企業だった頃からのようです。

「事業は人なりという。人間として成長しない人をもつ事業は成功するものではない。事業にはまず人材の育成が肝要だ」
松下幸之助翁は、常々そんなことを考えていたそうです。
つまり、資本や技術、設備がいくら充実していても、人材が育っていなければ、事業は成り立つものではないということなのです。

その思いを実現するために、創業からそれほど経過していない時期に、店員養成所、そして、工員養成所を開設しています。
その後、それらの養成所は、松下電器工学院や商学院に発展しています。
今でも商学院は継続され、工学院は大規模な研修センターに展開されています。

松下幸之助翁が考える人材の育成とは、たんに技術力のある社員、営業力のある社員を育成すればよいというものではなく、自分が携わっている仕事の意義、社会に貢献するという会社の使命をよく自覚し、自主性と責任感旺盛な人材を育成すること、いわば産業人、社会人としての自覚をもった人間を育てることが、松下幸之助翁が目指した真の意味での人材育成であったそうです。

私も、長らく人材育成に携わっているので、この言葉は心に染み入ります。
5S活動や現場改善という管理技術を活用できる人材を、少しでも増やしたいと考えています。

急激に業務が忙しくなることがあります。
反対に、景気が悪化することもあります。
そんな時に人材育成にブレーキをかけると、数年後に大きなしっぺ返しが来ることを、再認識することが最重要なのです。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
 
第1話:雨が降れば傘をさす

パナソニック創業者の松下幸之助翁の言葉です。
誰でも、雨が降れば傘をさします。誰も疑わない、極めて普通の状態を指します。

丁稚奉公から身を起こし、一代で天下のパナソニックを築いた松下幸之助翁は「当たり前のことを当たり前にコツコツする」というのが信条だったそうです。

「雨」とは「不慮の悪い出来事」、「降ったら」とは「実際に起ったら」、「傘をさす」とは、「対策を行なう」と読むと分かりやすいと思います。

降れば傘をさすような、こうしたごく当たり前のことを着実に実践していくところに発展の秘訣があるのです。
会社経営はじめ、5S活動や現場改善でも同じだと思います。

でも、この普通のことができていないことが多くあるのです。
例えば、使いたいものを出したいのに、見つからない。
ある作業をするために、遠くまで歩いて工具や部品を取りに行く。
これらのムダが放置したために経営が傾いているのに、何も対策を行わない…

こんなことがないでしょうか?
周りを見渡せば、必ず見つかるでしょう。
どうして、そんな状態が発生するのでしょうか?
それな、慣れや熟練がムダを見えないようにしているのです。

さらに、悪い出来事(雨)が予想される時には、あらかじめ対策(傘)を用意することが重要です。
予想するためには、過去の失敗経験が役に立つと思います。
失敗しても、くよくよするのはムダです。
どんどん新たなチャレンジを行い、大きな成果をつかんで欲しいのです。

しっかりと現状の課題を見つけ、それを課題にまで分析し、適切な早い改善が必要なのです。
一度、周りを見渡して、雨が降っていれば傘をさしてみてください。

ただ、海外のサポートをするようになって、この言葉は海外で通用しないことが分かりました。
シンガポールでの体験です。
ポツリポツリと雨が降り出すと、歩いていた人は、一瞬で屋根のあるところに避難します。
その瞬間、バケツをひっくり返したような雨が降り出しました。
そして、ものの20分で青空になり、人々は何もなかったように歩きだしました。
シンガポールでは誰も、傘を持っていませんでした。
シンガポールで、この話しをしても、全く理解してもらえないでしょう。
メールマガジン「楽々改善ストリート5」より
5S活動 現場改善をはじめましょう
     
前ページへ 次ページへ
©2016 RAKURAKUKAIZENSYA